ゆうの森が目指すのは、本当の意味での患者本位の医療です。
医療は非常に専門性の高いサービスで、どうしても治療となると、医師が患者を客観的に診て施す医療、「Doingの医療」が主体となってしまうことが多いと思います。
私自身も進行がんで手術を行ったとき、身をもってそれを実感しました。
治せない病や老化、障がいに向き合う在宅医療では、患者様の満足や納得が優先されます。寄り添い支える医療、「Beingの医療」こそが、在宅医療が目指す医療なのです。
患者様本人が何を望むのかを第一に考え、とにかく楽なように やりたいように 後悔しないように、一生懸命サポートする。ゆうの森では、本当の意味での患者本位の医療を多職種のチームで実現できる組織を目指していきたいと考えています。
在宅医療の開始時で大切なことは、「患者様の不安を取り除くこと」です。
亡くなる方の8割が病院で最期を迎える時代に、自宅での療養や看取りには誰しもが多くの不安を抱えていると思います。患者様やご家族様が持つ不安の解決に向けて、多職種が連携し、必要な時に、必要なだけ医療や介護が受けられる体制を構築することです。自宅でどんな医療やケアが受けられるかをイメージできると、患者様やご家族様の安心感につながります。特に24時間365日いつでも相談でき、対応を保障されていることが大切です。
在宅医療の療養中に大切なことは、「患者様やご家族様に安心してもらうこと」です。
患者様やご家族様からの一番嬉しい言葉は、「先生が来てくれるだけで安心です」と言っていただくことです。訪問を重ねる中で患者様やご家族様との間にそのような信頼関係を作ることが大切です。
在宅医療のゴールである看取りの際には、「納得できる最期を迎えられること」が焦点となります。
看取りの時期は迷うことばかりで、何を選んでも不安や心配は尽きないことでしょう。その中で医療者はあらゆる選択肢を提示し、選択に迷う患者様とご家族様に寄り添いながら、出した結論が「これで正解だった」と思えるものでありたいものです。在宅医療のゴールで大切なことは「亡くなっても納得できること」なのです。
常日頃から自分が大切にしていることや、誰と、どこで、どのように暮らしたいかを考え、周囲の信頼する人達と話し合っておくことを厚生労働省は「人生会議」と名付けました。
「食べられなくなったらどうしたいですか?」と患者様やご家族様に問うことは、終末期にどのような治療や介護を受けたいのかを考えるきっかけとなります。まさに人生会議です。
在宅医療に関係する私たちは、関わり始めた最初の時から「食べられなくなったらどうしたいですか?」とご本人様やご家族様に問うことが大切です。在宅医療を行う患者様は、既に食べられないか、近い将来食べられなくなる患者様ですから、食べられなくなったらどうするのかご家族様や関係者と一緒に十分話し合うことが大切です。その時に大切なことは、結論を出すことではありません。人工栄養を行うのか、自然に看ていくのか等、取り得るすべての選択肢を分かりやすく伝え、食べられなくなった時にどうするかを考える「スタートラインに立つ」ことが大切なのです。患者様、ご家族様と医療者が、食べること、生きることについて一緒に悩み考える食支援の過程は、「人生会議」そのものだと思います。
あなたは亡くなる最期の日まで食べることを望みますか?それとも最期は絶食でも仕方がないと思いますか?
終末期に「絶食」ではなく、口から食べる取り組みは「食支援」とも呼ばれ、在宅医療では近年注目されています。特に高齢者は誤嚥性肺炎で入院すると、絶食となり、点滴を続け、治療を続けます。しかし、肺炎が治っても、その予防のために絶食が続き、食べることが叶うことなく亡くなります。誤嚥予防のために本人の食べる権利を安易に奪ってもいいのでしょうか? 本人の生き方に寄り添う在宅医療では、本人の「食べたい」、家族の「食べさせたい」という気持ちにぜひとも応えたいもの。リスク回避を優先して禁止するのではなく、亡くなる前でも、本人が食べたいものを食べさせてあげたいと私は思います。
食支援はまずご本人様の食べる力を見極め、安全に食べられるように口腔ケア、摂食嚥下機能訓練、身体機能訓練、管理栄養士による食形態の工夫等、多職種チームで取り組みます。食支援で一番大切なのは患者様の食べたい気持ちを引き出すことです。意欲を阻害しているのは、実は人工栄養である場合がほとんどで、人工栄養を止める、減らすことにより空腹を感じて食欲が回復します。
この食支援は究極の多職種連携の上に成り立ち、高品質な在宅医療が求められます。食支援自体が「人生会議」であり、在宅医療の真の力を発揮する取り組みなのです。「人生会議」とは、治療やケアのあり方をご本人様とご家族様、医療者があらかじめ話し合うプロセスのことを言い、意思疎通ができなくなった終末期においても、患者様の意思を尊重することが可能になります。
医師をはじめ、患者様もご家族様も死から目を背けないことです。
「どう死ぬのか」を考えることは、「どう生きるか」を問うことでもあります。年をとって衰弱し、死へと向かう過程で食べられなくなったら、「自分は」どうしたいのか。点滴で栄養補給を死ぬまで続けるのか、食べられるだけ食べて亡くなっていくのか。「自分は」延命治療を受けたいのか、受けたくないのか。最期まで病と闘って死にたいのか、寿命が多少短くなっても、やりたいように楽なように過ごしていきたいのか・・・。日本人が避けていた「死ぬということ」に正面から向き合い、「自分の死の在り方」を他人任せにせず、病院や家族の都合ではなく、自分の意思で選択していくことが重要になってくるでしょう。障がいなどで本人が意思を表明できない場合も、家族は自分たちの思いではなく、「この人が意思を表明できれば、何というだろう」と患者様本人の立場で選択をする、患者様本人の人生を本人の意思で決めていくことが大切になっていくと思います。