著者:永井康徳
高齢者が誤嚥性肺炎で入院すると、治療過程で絶食となり、その後も再発予防のため口から食べることができないまま亡くなるケースが少なくありません。しかし、再発予防のために患者の「食べる権利」を奪ってもよいのでしょうか。終末期においても最期まで口から食べることを支援する「食支援」という取り組みがあります。
在宅医療の現場では、初診時に患者や家族へ「食べられなくなったらどうしたいか」と早期に意向を確認します。胃瘻や輸液といった人工栄養か、それとも自然に口から食べ続けるかの選択肢を提示し、患者本人の望む医療・ケアを話し合います。これはアドバンス・ケア・プランニングそのものといえます。
食支援で最も重要なのは、患者の食べる意欲を引き出すことです。実は人工栄養が食べる意欲を阻害していることが多く、それを止めると空腹感とともに食べる意欲が回復します。「食べたいものを大きな声で言える患者は食べられる」という経験則もあります。多職種連携は理想的ですが、医師と看護師だけでも支援は可能です。
食支援は「できるか、できないか」ではなく「やるか、やらないか」です。地域には必ず食支援を必要とする患者がいます。その潜在ニーズに応えることが、真の在宅医療の充実につながっていきます。
「食べる権利」という言葉には、単なる栄養摂取を超えた深い意味があります。それは人間の尊厳そのものを表しているのです。病院では安全性を最優先に考え、誤嚥リスクを避けるために絶食や人工栄養を選択することが多くあります。医療訴訟のリスクや管理の効率性を考えると、病院という組織ではやむを得ない選択かもしれません。しかし在宅医療では、患者さんの生活の質と本人の意思を最大限尊重することができます。ここに在宅医療の存在意義があるのです。
食支援の実践において最も重要なのは、医療者の価値観や常識を押し付けるのではなく、患者さん本人が何を望んでいるかを丁寧に聞き取ることです。
アドバンス・ケア・プランニングを通じて、元気なうちから「もしものとき」について繰り返し話し合うことで、その人らしい最期を迎えることが可能になります。この対話のプロセスこそが、患者さんとの信頼関係を深める貴重な機会となります。
「食べたいものを大きな声で言える患者は食べられる」という経験則(「永井の法則」)は、医学的データや検査値だけでは測れない患者さんの生命力を表しています。意欲こそが回復への鍵であり、それを引き出すのが私たち医療者の役割です。逆に言えば、人工栄養によって患者さんの意欲を奪ってしまっていないか、常に自問する必要があります。
多職種連携が理想的である一方、医師と看護師だけでも十分に食支援は実現できます。大切なのは完璧な体制を整えてから始めることではなく、今できることから一歩を踏み出すことです。地域には必ず食支援を必要としている患者さんがいます。その潜在ニーズに応えることで、在宅医療の価値は格段に向上し、地域における信頼も深まっていきます。