著者:永井康徳
33歳の加藤浩さん(仮名)は、生まれながらに神経難病を患っている当院の患者さんです。
徐々に筋力低下が進行する病気で、指先と顔面の筋肉のみを自分の意思で動かすことができます。以前は普通食を食べられていたのですが、病気が進行し、呼吸機能や嚥下機能が低下したため、人工呼吸器を装着し胃ろうも造設しました。浩さんは「食べたい」という思いがとても強く、その希望を叶えるために当院の摂食嚥下栄養チーム『ドルチェ』が自宅へ訪問することになりました。
言語聴覚士が浩さんの身体状況や嚥下能力を評価したところ、首元の気管前面に穴を開け、「カニューレ」という管を入れているため、嚥下に困難があることが分かりました。そのような状況の中でも浩さんは「鶏の唐揚げが食べたい」という若い男性らしい希望がありました。
『ドルチェ』の管理栄養士は、調理師とともに「浩さんが食べられる鶏の唐揚げ」の研究をさっそく開始。唐揚げをミキサーにかけ、とろみ剤で柔らかくしたものを作ってみました。しかし、ただとろみを付ければよいのではなく、浩さんの嚥下機能に合った硬さに調整しなければなりません。様々なとろみ剤で、粘度を言語聴覚士と確認しながら調整を続けました。
鶏の唐揚げは、あえて市販の冷凍食品を使ったのですが、これにはワケがあるそうです。冷凍食品の唐揚げは味がしっかりついている上に、1、2個の少量でもすぐに使えます。今後、ホームヘルパーが調理する時にも手軽に作れるようにという理由です。この唐揚げは「柔らから揚げ」と命名されました。
数日後、管理栄養士は浩さん宅を訪問。訪問看護師たちが見守る中、特製の「柔らから揚げ」を味わっていただきました。一口食べた後、「温かい唐揚げを食べてみたい」と言われたので、管理栄養士は「柔らから揚げ」を電子レンジで温めてみました。
すると、「柔らから揚げ」はペースト状になってより食べやすい形状となり、唐揚げの風味や味も引き立って、浩さんは大変喜ばれました。
摂食嚥下栄養チーム『ドルチェ』は、たんぽぽクリニックで結成された医師・看護師・言語聴覚士・管理栄養士・調理師・歯科医師・歯科衛生士からなる「多職種協働食支援チーム」です。病気や障がいのため十分に食事をすることが難しい患者さんの「食べたい」という気持ちに応えるために活動しています。
「最期まで食べる」「本人の食べる権利を大切にする」「本人が食べたいものを食べる」を目標に掲げ、栄養状態の維持・改善を図りながら、最期まで安全においしく食べるための支援を行っています。院内勉強会の主催や施設での出張講座も行い、医師や看護師をはじめとする多職種にも知識を深めてもらうのです。「こんな状態ではとても食べられないだろう」と最初から諦めず、「このように工夫すれば食べられるんですよ」と各スタッフが提案できるようになれば、患者さんや介護するご家族の楽しみや生きがいにつながるからです。
医療者は往々にして、誤嚥や誤嚥性肺炎の危険性がある患者さんに「絶食」の指示を出します。絶食になっても、輸液や胃ろうで栄養補給ができるから問題はないだろうと考えるのです。しかし、栄養補給だけが「食べること」の目的ではないのです。「食べること」は生きる喜びです。
病気やケガの治療のための一時的な絶食ならば、患者さんも我慢のしがいがあるでしょうが、治らない病気や障がいを持ちながら、一生食べたいものも口にできないのはどうでしょうか?誤嚥や肺炎の危険性があるからといって、患者さんから安易に生きる楽しみや喜びを奪ってよいのでしょうか?リスクがあることをただ禁止するのではなく、リスクを回避しながら患者さんの喜びを支援する方法を見つけ出す。それこそがプロの仕事だと思うのです。
在宅医療は、患者さんが自分らしく、よりよく生きることを支援する医療です。「食べたい」を叶えることは、今後、在宅医療の中でとても重要な支援になると私は考えています。
本当に絶食でいいのか?本人の食べたい気持ちに応えよう!