著者:永井康徳
在宅医療に関わる私たちが仕事をするのは、「在宅医療をするため」ではありません。「病気や障がいを持ちながら自宅や施設で生活する方々が幸せに暮らすため」だと思います。言いかえれば、「患者さんが満足する療養生活を送ること」だと思います。もちろん、訪問診療や訪問看護、訪問介護など、それぞれの専門職が行っているサービスがあるからこそ、自宅での療養生活が可能になるのですが、だからといってそのどれか1つだけでは、患者さんは安心して療養生活を送れないと思うのです。というのも、その専門職がサービスを行っていない1日の大半の生活と介護が支えられないと、患者さんが満足できる生活を実現できないからです。したがって、患者さんを取り巻く多職種チームなくして、患者さんの在宅療養は成り立たないのです。他職種、他事業所であっても1つのチームとなり、患者さんとご家族を支えるという意識を持つことがとても大切です。
そして、さらに質の高いケアを目指すならば、患者さんの生きがいづくりやご家族の支援にも積極的に関わっていきたいものです。生きがいやご家族の介護、精神的な支えがなければ、患者さんは在宅療養を継続できません。そして、患者さんがやりたいことを実現できれば、本人も満足できますし、ご家族にも喜んでもらえます。このような一歩踏み込んだ支援を紹介したいと思います。
当法人では「患者さんの生きがいづくり」のお手伝いを積極的に行っていますが、私はこの活動を「患者さんの望み叶えたい隊」と呼んでいます。だからといって、特定の職員や部署が担当するわけではありません。患者さんから「やりたいこと」を聞き出したら、朝の全体ミーティングでその情報を職員全員で共有し、実現のための方法を皆で考えていくのです。実現のためにヘルプが必要であれば、他の職員ももちろん協力します。何人もの職員が関わるような大がかりな望みもあれば、ほんの少しの知恵と手間で、患者さんの長年の望みを叶えることもできるのです。
病院から、誤嚥性肺炎で入院されていて、ADLが低下して、ほぼ寝たきりという83才の女性患者さんが紹介されました。口から食べることが難しくなっていたのですが、胃ろうの造設は希望されず、食べられるだけ食べて家で亡くなりたい、看取りたいというのが、退院に際してのご本人とご家族の意向でした。退院前カンファレンスで、私はご家族の方に「お母さんが、やりたがっていたことはありませんか?」と尋ねました。すると即座に娘さんが「お墓参りに行きたいとずっと言っていました」と言われました。ご本人の状態を考えると、退院した後にゆっくり計画を立てている時間はないようです。ほぼ寝たきりの状態で頻回な吸引が必要な方をどうやってお墓参りに連れていくのでしょうか?お墓は郊外にあり、車で30分はかかる場所です。
話し合いの結果、退院時にご家族が車でそのまま患者さんをお墓まで連れて行き、ご家族の車の後ろを当院の看護師が吸引器を持って自動車で追いかけて、吸引が必要になった場合に備えるという形で対応しました。そして、お墓参りの後、そのまま患者さんを自宅に連れて帰るということになりました。当日、同行した看護師によると、車椅子に乗った患者さんはお墓の前まで行くことはできませんでしたが、お墓を子どもさんとお孫さんがきれいに掃除をし、お花とお線香を手向ける様子を見守っていたそうです。そして、長い時間手を合わせて拝んでいたとのことでした。ご本人と子、孫、ひ孫の四世代でのお墓参りだったそうです。
約半月後にその患者さんは亡くなりました。ご焼香とご家族の様子を伺うために看護師が訪問したところ、娘さんは「父親の時は、病院から自宅へと帰してあげられなくて、亡くなったときはすごく泣きました。でも今回、母が亡くなったときは自分でも冷たいのかと思うのですが、泣いていないのです。満足しているのです」と言われたそうです。家で看取れたこと、最後にお母さんの願いを叶えられたことに満足されたのでしょう。また、「私のうしろで、たくさん支えてくれる人たちがいたからできました。こんなにたくさんのバックアップがあるとは思わなかった」とも言われたそうです。
在宅医がただ医療を施すことだけを仕事と考えていたり、看護師がただ訪問してケアを行うことだけを仕事だと考えていたら、今回のようなことは実現できたでしょうか。自分たちの仕事の目的を「患者さんが満足する在宅療養生活の実現」とするから可能となったのです。そう考えて行動することで、こんなにも人を幸せにすることができるのだと、逆に自分の仕事に誇りとやりがいを感じるようになるのです。
患者さんやご家族の満足には、本人の生きがいがとても大切だと思います。