たんぽぽコラム

在宅医療の質を高める

著者:永井康徳

  

第16回 患者さんと一度で信頼関係を築く方法

これまで数え切れないほどの初診を行ってきましたが、今でも毎回気合が入ります。初診は患者による医師への「面接試験」だと考えているからです。患者さんとご家族は、「この医者は信頼できるかどうか」を最初からしっかりと見ています。だからこそ、初診の1回で信頼関係を築かなければならないのです。「信頼関係は何度も会って、時間をかけて築くもの」という人もいますが、私はそうは思いません。「この人は自分の味方だ」と思ってもらえれば、たった1回の訪問でも信頼してもらうことはできるのです。

患者さんのつらい気持ちに寄り添う

私が経験した事例を紹介します。
癌の末期で看取りが近づく30歳代の患者さんを病院から紹介されました。患者さんは入院中に予後について告知されておらず、「緩和ケアは要らない」と我々の介入を拒否されました。強い痛みのためか患者さんは家族にもつらく当たっており、ご家族も暗く沈んだ様子でした。
一刻も早く予後を告知して緩和ケアを導人する必要があったのですが、担当医は「信頼関係ができるまで予後告知は難しい。まだ時間がかかる」と私に話しました。
その直後、私が往診する機会があり、患者さんのつらい気持ちに寄り添えるよう、話をとことん伺い、緩和ケアにより痛みを取り除くことを提案しました。すると、その1回の関わりで患者さんは自分の病と死に向き合い、緩和ケアの必要性を理解してその日のうちに導入できたのです。

在宅患者さんは、「病院ではこれ以上治療ができない」状態となった方が多いです。そして、そこに至るまでに多くのつらい経験をしています。その話にまずしっかりと耳を傾け、「今一番つらいことは何か」と尋ねるとよいでしょう。この患者さんは「痛みがつらい」と打ち明けてくれたので、私は「絶対に痛みを取る」と約束しました。医療現場で「絶対」という言葉は避けるべきなのは重々承知していますが、それでもあえて「絶対」という言葉を使った私の覚悟を、患者さんは感じ取ってくれたのだと思います。疼痛コントロールにより患者さんはご家族と穏やかな時間を過ごし、最期は自宅で安らかに旅立たれました。

良好な人間関係は信頼に基づくものですが、医師は患者さんとの人間関係の中で、信頼の構築よりも、診療行為を優先してしまいがちです。それが患者さんとの人間関係をこじらせる原因になるのです。患者さんに対しては「Doing」 (施す)のではなく、「Being」(寄り添う)べきなのです。 医師や看護師などの医療従事者に不信感を抱いてしまった患者さんやご家族と信頼関係を築くために私が実践している3つのポイントを紹介します。

1. 患者さんやご家族に「自分の味方」だと思ってもらう
医師や看護師に不信感を持っている患者さんやご家族の多くは、認識しないまでも「医師や看護師は、自分たちの敵だ」と思っているようです。今までの 医療従事者との関わりの中で、不信感を抱くような何かがあったのでしょう。 まずは、不信感を持った理由など、患者さん側の話をしっかりと聴くことに尽きます。否定することなく話をとことん聴く姿勢に、「この人たちは自分の気持ちを理解しようとしてくれている」と思って心を開いてくれます。 医師でなくても、初診の事前説明時に、患者さんやご家族の心の内をスタッフが傾聴するのでも構いません。そして、その情報は多職種や職員間で共有し、同じ過ちをしないための対応策を話し合っておきましょう。

2.自分の生活を制限する人ではなく、一番つらいことを何とかしてくれる人だと認識してもらう
患者さんは在宅医療にたどり着くまでに、大変な治療に耐え、つらい思いをしてきています。まずはそのことに思いを馳せ、「今、一番つらいことは何か」 を言葉にしてもらいしっかりと受けとめましょう。次に、それを解決するための方法を提示して、即実行するのです。自分が一番つらいことをなんとかしてくれる人は、信頼できる人だと認識されるでしょう。

3.相手の目を見ながら、相手の反応に合わせて言葉や表現を変え、 柔軟に対応する
相手に本当に伝えたいこと、理解してもらいたいことがあるならば、これはコミュニケーション技術の基本です。「自分が思った通りにうまく言いくるめて逃げ切ろう」などと保身に走るのではなく、正直に事実を伝える中で相手の気持ちを思いやり、相手の反応に合わせて自分の言動を柔軟に変化させ、患者さんに向き合うこと。在宅医療では柔軟性がとても大切です。

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