たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第45回 最期の入浴

在宅で療養する患者さんにとって、入浴は食べることに次ぐ楽しみの一つだと思います。訪問入浴サービスでは、寝たきりの方でも自宅で気持ちよく湯船につかり、身体を洗ってもらえます。その一連の手順や手際の良さは、まさに見事で、感嘆せずにはいられません。

以前、百歳の方が当院に紹介されてきました。その理由は、主治医から入浴の許可が出なかったからだそうです。確かに、入浴中は血圧や室温の変化によって体調が急変する可能性があるため、十分な注意が必要です。しかし、患者さんご本人の「お風呂に入りたい」という願いをどう叶えるかを考えるのも、私たちの大切な役割だと思っています。
その方は高齢で寝たきりでしたが、意思表示はしっかりしており、新聞を毎日読むほどでした。訪問診療の際に私は「入浴していいですよ」とお伝えし、ご希望通り、訪問入浴を体験されました。ご本人は、ゆったりと湯船につかりながら、リクエストした歌を訪問入浴のスタッフが歌ってくれるのをとても楽しみにしておられました。

そうして穏やかな日々が続いていましたが、老衰により徐々に食事が取れなくなり、家族と話し合っていた通り、ご自宅で看取ることになりました。私たちは毎日、診療や看護で訪問し、多職種の方々やご家族とともに看取りの支援を続けました。
いよいよ最期が近づいたある日、ご家族から「先生、今日はお風呂の日です。本人はいつも楽しみにしていました。最期にお風呂に入れてあげたいのですが…」と尋ねられました。私は、入浴中に呼吸が止まるかもしれないというリスクが頭をよぎり、一瞬ためらいました。しかし、「いいですよ。ただ、入浴中に呼吸が止まる可能性もあります」とお伝えしたところ、ご家族は穏やかな笑顔で頷かれました。
訪問入浴業者に連絡をすると、「先生、亡くなるかもしれないことを納得された上でのご希望であれば、私たちも精一杯協力します。最期に入浴を希望されるなんて、業者冥利に尽きます」と言ってくれました。
そしてその日、ご家族に見守られながら、患者さんは気持ちよく入浴されました。お気に入りの歌を優しく歌ってもらいながら、穏やかな時間が流れていきました。

この入浴業者の方々とは、その後も亡くなる直前の訪問入浴を何度も経験しました。そんなとき、私はこう伝えます。「最期の入浴、お願いできますか?」
医師として、リスクがあるからといって全てを禁じるべきか。それとも、よく話し合った上で、患者さん本人の最期の望みを叶えるために動くべきか。
──皆さんは、どのような最期を迎えたいと思いますか?

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