著者:永井康徳
自立して生活していた高齢者が転倒し、骨折、寝たきりに至るケースは多々あります。寝たきりは大変受け入れがたいことですが、寝たきりによって誤嚥性肺炎を引き起こし、絶食を余儀なくされる場合もあり、否が応でも「死」を身近に考えざるを得ない現実をつきつけられるのです。
受け入れ難い絶食から経口摂取への挑戦
ヤエ子さん(仮名、91歳)は、離島で生まれ育ち、同じ島内の夫と結婚。家業のみかん農家を手伝いながら3人の子供を育て上げ、豊かな自然や昔馴染みの友人らに囲まれ充実した生活を送ってきました。穏やかな島での暮らしのなか、近年では夫に先立たれ、脊椎管狭窄症などを患い、徐々に歩行が困難となり、一緒に住む長男家族のサポートを受けながら過ごすようになったそうです。そんな中、家族でみかん農家を営み家に誰もいない時間が多いことから介護に不安を感じ、ヤエ子さんは、住み慣れた島内にある施設へ入居することになりました。しかし、安心したのも束の間、入居数日後に転倒、大腿骨転子部を骨折し、島の病院へ入院したのでした。
高齢ということもあり、手術はせず保存加療となりましたが、数日後に誤嚥性肺炎を発症、絶食となってしまいました。病院の医師からは、今後経口摂取は見込めないと説明されたそうです。
ヤエ子さんは高齢ですが認知機能に問題はなく、転倒前はよく食べていましたので、絶食という急激な状態の変化に、本人もご家族も気持ちが追いつかず、このまま何もしないことに納得することはできませんでした。
そんなとき、知人から、当院の食支援により絶食だった患者が再び食べられるようになった話を聞き、当院への転院を希望されたのです。島の病院では、1日に700mlの末梢点滴の投与、吸引は3~6回行われ、絶食となって2か月が経っていました。
当院では、「少しでも口から食べたい」と思っている患者さんが、どうすれば最期までおいしく安全に食べられるのかを多職種で考え、食べることを少しでも楽しめるように、食支援に取り組んでいます。ヤエ子さんが再び口から食べられることを期待して、島を出て当院へ転院してきました。
転院後、ヤエ子さんに、「食べたいものはありますか」と尋ねると「ココア、コーヒー、あんこ、イチゴ、バナナ・・・」と多数の回答があり、食べる意欲は十分ありました。しかし、気になったのは「小さな声」であったこと。私が「永井の法則」と呼んでいる経口摂取が可能かを判断するひとつの指標として「食べたいものを『大きな声』を出して言える人は食べられる」ことが多いのですが、ヤエ子さんは「小さな声」でしか言えなかったのです。飲み込みの筋肉が弱くなっていることが考えられ、嫌な予感は的中してしまいます。言語聴覚士による評価・訓練が開始されましたが、食べたいものを口に入れ味わうことはできても、飲み込むことは困難で、口に含んだ食べ物をすべて吸引せざるを得ない状態でした。3日間訓練を続けましたが、経口摂取に至ることは叶わなかったのです。
人工栄養による延命か、自然な看取りか?
経口摂取が困難であることがわかり、ご家族と当院スタッフにより今後の話し合いが行われました。選択肢としては2つ。①胃ろうやCVポート造設による人工栄養を取り入れ延命を試みる、②人工栄養をせず、徐々に点滴を減らし自然に看取る。
どちらを選択したとしても、できる限りサポートしていく旨をお伝えし、ヤエ子さんとご家族で話し合っていただくことになりました。
ご家族は、ヤエ子さんにもう少し生きていてほしいと願い、ヤエ子さんに胃ろうの造設を提案したところ、ヤエ子さんは「仕方ないね」とご家族の意向を受け入れたのと同時に「島に帰りたい」と懇願されたのでした。島の自宅に戻れないのであれば、長女・次女が暮らす島外の施設への入居も候補のひとつでしたが、ヤエ子さんの唯一の希望「島へ帰ること」を叶えるため、胃ろう造設後は、島の病院へ連れて帰ることに決定しました。口から栄養を摂ることは叶わないけれども、当院の病床にいる間は、食べ物を口に含み味わっていただこうと、言語聴覚士、調理師、管理栄養士が中心となって食支援を続けました。飴を舐める、アイス棒を舐める、スポンジに含ませたココアやぜんざいを飲む…。すべて吸引しなければなりませんでしたが、ヤエ子さんは「美味しかった」と嬉しそうで、その様子を見たご家族も大変喜ばれていました。
数日後、他院にて胃ろう造設の説明を受けた日のことです。ヤエ子さんは「もう十分長生きをした。胃に穴をあけてまで生きたくはない。島に帰りたい」と吐露されたそうです。その様子を見たご家族は、「食支援に希望を持ったものの、食べられないことがわかり残念でしたが納得できました。たんぽぽさんでも無理なら、今後は本人の意向に沿いたいと思います」と、自然に看取ることを決断したのでした。
母自身と死に向き合った家族の選択
ヤエ子さんは、島の病院へ戻り、末梢点滴を続けながら様子を見ることになり、退院前の話し合いのため、長男、長男の妻、長女、次女が当院を訪れました。
私からご家族へ転院後の方針を確認したうえで、今後予想されるヤエ子さんの状態の変化についてお話しし、どのような最期を迎えるのが本人のためなのかを一番に考えてほしいとお伝えしました。本人にとって亡くなっても納得できるためには、本人の意向に沿うことが一番大切で、選択によって結果は変わるとは思いますが、悩みながら決断していってほしいと思います。