たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第38回 「理解はできても、納得はできない」というご家族にどう向き合うか?

献身的な看護師の娘さん
終末期に食べられなくなると「点滴で補給を」と、つい考えてしまいます。しかし、体はもう、水分さえも処理できなくなっていますから、過剰な水分は浮腫や痰となって本人を苦しめます。そのため当院では点滴のデメリットを説明し、ご家族が納得されたら減量や中止をします。しかし、頭で理解できても決断ができない方もいます。たとえ医療従事者であっても、当事者になると容易に決断はできないものです。

71歳のタマヨさん(仮名)は、夫と看護師の娘さんの3人暮らしです。2年前に脳腫瘍と診断され、娘さんが勤める急性期病院で手術を受けて、退院後は通院しながら抗がん剤治療を続けていました。しかし、病気は進行し、ご家族は主治医から「余命3ヶ月」と告げられたのでした。タマヨさんには未告知でしたが、「できるだけ自宅で過ごしたい」という母親の思いを知っている娘さんは自宅看取りを考えていました。
予後宣告はされたものの、タマヨさんに特段の変化はなく、食事もでき、軽い介助さえあれば、自分のことはできていました。娘さんは仕事を続けながら、看護師のスキルを生かして母親の健康管理や入浴介助をずっと行っていたこともあって、ケアマネジャーから在宅医療を勧められても断っていました。しかし、半月もすると状態が悪化し、特に嚥下機能はミキサー食でさえ摂取困難になったのです。そこで当法人の訪問診療と訪問看護が関わることになったのですが、娘さんは「病院で2週間に1度受ける抗がん剤治療がメインで、訪問診療はその補助」と考えていたのです。

訪問診療の初診時に娘さんから「前回の抗がん剤治療の後、補液の必要があって時間がかかった。母の負担を軽減したいので受診の前後に自宅で点滴を受けて、受診時間を短縮させたい。だから、訪問診療は病院受診前後の点滴だけでいい。抗がん剤治療は肝腎機能に問題が出ない限りは続けるつもり」と言われたのでした。訪問医には、今のタマヨさんには頻回な訪問診療が必要だとわかっていましたが、タマヨさんを今まで一生懸命にケアしてきた娘さんの方針や意向を尊重したいと思い、とりあえず「訪問頻度は次の訪問診療時にタマヨさんの様子を見てから考えましょう」と答えるだけに留めました。そして、ご家族に看取りのパンフレットをお渡しして、タマヨさんが食べられなくなった時の対応や看取りの場所についての希望を伺ったところ、娘さんから「自宅で看取りたい。そのために介護休暇も取得した。食べられなくなった時は、母の意識が不明瞭なら何もしないが、意識があるなら胃ろうや中心静脈栄養で代替したい」と言われたのでした。

理解と納得は違うもの
初診の1週間後が抗がん剤治療の日でした。その前々日の訪問診療では、タマヨさんの病状に変化はなく、予定通りに点滴が行われました。そして、娘さんから「母は体質的に点滴ルートの確保が難しいので、点滴ポートの増設を考えている」と伝えられたのです。しかし、翌朝、タマヨさんは急変し、往診に呼ばれました。タマヨさんの反応が鈍くなり、水さえ飲めなくなったのです。腫瘍による神経障害で意識レベルが低下したと考えられました。娘さんは病院の主治医と相談して、抗がん剤治療の中止を決めたのでした。

今後の希望を訪問医が伺ったところ、ご主人は「妻は長い間頑張ってきたので、本人が楽なようにしてほしい」と言われ、毎日熱心に介護をする娘さんのことも心配していました。娘さんからは「父と相談して点滴ポートの増設まではしないことにしました。末梢点滴はあまり意味がないとわかっていますが、いきなり何もしないというのも受け入れ難いです。点滴ルートが取りにくいことはわかっていますが、できる間は末梢点滴をしてください」と言われたのです。そこで、しばらくの間は1日500mlの点滴を毎日行い、様子を見ることになりました。

タマヨさんは傾眠傾向にありましたが、娘さんはタマヨさんの意識がはっきりしている時には車椅子に座らせて水やスープを口に含ませたり、訪問看護師と協力して清拭したり、洗髪するなど、懸命に介護をしていました。しかし、点滴を開始して2週間が経つ頃にはタマヨさんの気管に痰が溜まりだし、2~3時間に1度という高頻度での吸引が必要になりました。訪問医は娘さんに点滴のデメリットを伝え続けましたが、「止めると数日で亡くなってしまうでしょう?」と、中止や減量は希望されませんでした。浮腫も出てきて点滴ルートの確保はさらに難しくなったのですが、止める決心のつかない娘さんのために訪問医はエコーを使って血管を探してまで点滴をしたのです。この対応には、さすがの娘さんも「母がもう点滴ができない体になっているのはわかりました」と言われたのですが、「あと1回だけ、同じようにお願いできますか?」と諦めきれずにいたのです。
朝の全体ミーティングでも、タマヨさんの点滴をいつまで続けるのか?が毎日のように議題に上がりました。ご家族の納得も大切ですが、終末期に最優先すべきは「本人が楽に過ごせること」です。話し合いを続ける中で、「点滴が減ると本人が楽になること」を実感してもらわなければ、娘さんの気持ちを変えられないだろうと皆が考えるようになったのでした。

そんな中、タマヨさんの痰の粘度が増し、臭いが出てきたことに娘さんが気づきました。そこで訪問医が「今日だけ200mlに減量して様子をみませんか?」と提案したところ、受け入れられました。すると、その夜から吸引の回数が減って、呼吸も楽そうになり、娘さんも喜んだのですが、数日もするとタマヨさんに無呼吸が見られるようになったのです。旅立ちが近づいてきたサインでした。往診に呼ばれた医師は娘さんに「今は200mlの点滴でも吸引が必要な状態ですよね。お母さんを楽にしてあげたいという気持ちを優先するなら、点滴を一度休止してみるという選択もありますよ」と話したのです。この言葉に娘さんもついに点滴を止める決心がついたのでした。そして4日後、タマヨさんはご家族が見守る中で息を引き取ったのでした。

決断できない家族への向き合い方
点滴の減量や中止に納得できない方は一定数います。その場合の対応ポイントは次の3つです。

①点滴を始める前にデメリットを説明し、止めるタイミングを理解していただく
②関わる専門職がチームとしての方針を統一する
③減量すると本人が楽になることを実感してもらう

大切なのは「点滴を中止すること」ではなく、「本人が楽に過ごせること」です。休止した後でも、ご家族が再開を希望すれば再開すれば良いのです。正解はありません。ご家族が納得できる選択ができるよう、ご家族の迷いに寄り添うだけです。
訪問看護では看護師が沖縄の楽器「三線」を持参し、タマヨさんの好きな歌を弾いて、ご家族と一緒に歌うというケアを行なっていました。意識が低下していてもタマヨさんは家族のいる方に頭を動かして聞いているようでした。そして、ご家族も歌うことで癒されていたようです。タマヨさんを看取った後、娘さんは「今回いろいろと考え方が変わりました。訪問看護にも興味が湧きました」と言われていました。

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