たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第37回 患者と家族で意見が異なる場合の意思決定支援のあり方

家にいたい妻、入院してほしい夫
これまで、終末期の患者さんの意思決定支援として「本人の意思を尊重し、寄り添うことが大切だ」とさまざまなケースを通してお話してきました。しかし、ご家族の中には、患者さんとは違う考えを持っている方もいます。今回は、患者さんとは異なる意見を持つご家族がいる場合の支援についてお話しします。

65歳のトモコさん(仮名)は4年前に血液のがんと慢性腎不全を患い、A病院に通院して化学療法を受けながら、B病院にも通院して人工透析を週3回受けていました。しかし、心不全を発症し、心臓に負担がかかることから、A病院での化学療法が中止になってしまったのです。治療が受けられなくなったことで「A病院に見放された」という思いを抱きつつも、トモコさんは「B病院に通院して透析を続けながら、自宅で療養したい。何かあったときに対応してもらえるように訪問診療も受けたい」とA病院の主治医にお願いしました。入院が必要な時はB病院が受け入れることを確認の上で、A病院から当院にトモコさんの紹介があったのです。

経過を先にお伝えすると、トモコさんは当院が訪問診療を開始して11日目に自宅で亡くなりました。その間、6回訪問していますが、十分な意思決定支援が行えたわけではありませんでした。
初回の訪問診療時、トモコさんは「自宅でできるだけ過ごしたい。通院がしんどくなったら、透析はしない。そのために死期が早まってもいい。それも覚悟の上で自宅で療養します」と言われたのに対し、ご主人は「家で看られる間は自宅で療養させたいが、できればB病院に入院して透析を継続し、そこで緩和ケアも受けてほしい」と言われたのです。トモコさんはご主人との二人暮らしですが、近所に娘さんが住んでいて、トモコさんも頼りにしていました。しかし、日中は仕事のため、訪問診療に同席されることはなく、娘さんを交えて話す機会が持てなかったのです。
2回目の訪問でも、トモコさんは「透析は4時間もかかり、透析の後の方がしんどい。でも、入院はしたくない」と言われ、それに対してご主人は「透析は必要なので、行った方が良いと思っている。ただ、本人がつらいのであれば、無理はできないとも思う」と言われたのでした。そして、3回目の訪問時、翌日に娘さんが来られると聞いたので、訪問医は今後のことを家族で話し合うようにお願いし、次の3つの選択肢を提案しました。①透析を中止して自宅で終末期緩和ケアを受ける 、②透析継続のため、B病院に入院して終末期緩和ケアを受ける、 ③一旦、透析継続のためB病院に入院、透析中止の方針となれば退院して自宅で終末期緩和ケアを受ける。しかし、ご家族の意見がまとまることはなく、トラブルが起きたのです。

意見が平行線のまま、迎えた死
3回目の訪問診療の3日後のこと。透析のために通院したB病院の主治医から「状態的には入院が望ましい」と言われたことから、ご主人はトモコさんを入院させようと手続きを始めたのです。トモコさんは「家にいてもいいと言ったのに、私を見捨てるのか!家に帰りたい」と涙ながらに訴えたことで、ご主人が折れ、トモコさんは自宅に戻ってこられたのでした。同じ日に4回目の訪問がありました。この時、トモコさんは「透析がしんどいので、透析を中止して自宅療養をしたい」と言われたのに対し、ご主人は「透析を継続するためにB病院へ入院させたい」と平行線のままでした。訪問医は二人の意見を折衷し、「通院できる間は介護タクシーで通院して透析を受ける。再度、トモコさんから希望が出たら透析を中止して、自宅で最期まで過ごすこととしてはどうか?」と提案し、受け入れられたのでした。
そして、6回目の訪問診療では、娘さんも参加してご家族で話し合うことになったのですが、話し合いの直前にトモコさんが亡くなったのです。話し合いのために訪問した医師が到着した時にご主人より「妻の反応がない」と伝えられ、医師が確認するとすでに亡くなっていたのでした。
主人は「私が介助してトイレに行った後、しんどいというから頓服の医療用麻薬を飲ませた。薬が効いて眠っていると思っていた。まだ息をしているはずだ」と、トモコさんの突然の死に混乱していました。「以前から心機能が悪かったので、急に心停止をしたと考えられます」と医師が説明しても、「朝までは普通だったのに、これからのことを話す予定だったのに、こんなことになるなんて・・・。透析をやめたら2週間位で亡くなると聞いていた。昨日透析したばかりだから、まだ大丈夫だと思っていた。自分がトイレに行かせたのが悪かったのか?」と、しばらくの間、ご主人は事態を受け入れられなかったのでした。

何をどう支援すべきだったのか?
患者さんとご家族で意見が違う場合、どのような対応や支援が必要になるのか?トモコさんのケースでは2つあったと考えられます。

①協働するべき人を見極めて、早い段階で協働する(巻き込む)
A病院から紹介を受けたのですが、同時に関わっていたのはB病院です。初期にB病院の主治医と連携して「いつまで透析を続けるのか?止める目安と入院の必要性について」といったことを、ご家族とも一緒に話し合っておくべきでした。
そして、早い段階で娘さんにも話し合いに参加してもらえばよかったのです。「娘さんは母親の意思を尊重したいと考えている」との情報を得ていました。「患者と異なる意見を持つ家族は、1対1では対立するが、2対1と劣勢になると自分の意見を客観視できるようになり、考えを変える」ということを当院では何度も経験してきました。キーパーソンは誰か?を見極めて、早めに巻き込む必要があったのです。

②事態が急変した時には、今後のことをしっかり話し合う
これは人生会議の鉄則です。入院騒動の直後がチャンスでした。ここで娘さんにも参加してもらって、トモコさんの死に向き合い、トモコさんの思いに寄り添った方針が出ていれば、ご主人は覚悟もできて、死の受け入れ方も違ったのではないかと思います。

トモコさんの支援については、当院の朝の全体ミーティングで連日議題に上がっていました。前述のような意見が出ていたにも関わらず、対応が後手になってしまったのです。今回のことで私は、終末期の意思決定支援には、もっと具体的で実践的な育成方法が必要だと痛感しました。今まで多くの困難事例を体験してきましたが、それら全てが患者さんからいただいた貴重な宝です。その経験をまとめ、医師が臨床の場で相手に応じて臨機応変に対応できるような育成システムを構築したい!との思いを新たにしたのです。
トモコさんのご主人はその後、「眠るように逝きたいと言っていたし、ずっと家に居たいと言っていた。本人が望んだようになってよかった」おっしゃっていました。結局のところ、最後に納得できることは「本人の思い通りにできた」ということです。ご家族が異なる意見を持っていても、私たちは信念を持って、患者さんが自分の意思を選択できるように支援していきたいと思っています。

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