著者:永井康徳
私たちゆうの森には全国から見学や研修に来られる方がたくさんいます。その時に私が最初に、当法人の特徴を説明するのですが、その時に作った「10の特徴」をご紹介します。
①患者本位を貫く理念の浸透
医療は患者のためにあるので、どの医療機関も「患者本位」というのは理念に掲げて医療を提供していると思います。しかし、専門家としてやり始めると、医療を施すことを重視して、ついつい上から目線で専門家として客観的にみて施すということを優先してしまいがちです。在宅医療や緩和ケアの分野は、もちろん治すことはできることはするのですが、本当の意味で患者さんの立場に立って、患者さんにとっての最善は何なのかを考えていきます。場合によっては、治療をしない選択もあると思います。最期の看取りでは、楽にすることを最優先にして、治療をしない選択だってあるのです。そういう中で、患者さんにとっての最善は、患者さんとご家族で意見が違う場合もありますが、亡くなっても納得できるような医療を行っていきます。
②診療だけでなく多職種のチームで患者に向き合う
ゆうの森では、理念を浸透するために、クレドを作って、朝のミーティングで読んだり、患者さんへの関わりをまとめたコラムを読んだり、常に職員に理念が浸透していくようにしています。そして、在宅医療は医療ですが、医療だけでできることは実は限られていて、患者さんの介護や生活ができなければ、医療だけが充実していても意味がないですし、ゴールとしては看取りになりますから、どんな人生を生きたいのか、どんな最期を迎えたいのかというのを、患者さんの人生観や価値観を考えながら、医師だけではなくて、生活を支える多職種の皆がチームで向き合わないといけないと思うのです。それを地域のたくさんの事業者とかサービス事業者との連携はもちろんするのですが、法人内でもチームを作り上げて向き合って考えていく、それが当法人の特徴です。
③全体ミーティングで毎日が人生会議
毎朝、全体ミーティングで30分から専門職によっては小1時間、情報の共有と方針の統一をします。その中で一人一人の患者さんの人生会議についても毎日議論していますし、それを医師だけでなくて、看護師はもちろんケアマネジャーやヘルパー、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど、たくさんの多職種で考えて、本人や家族の最善を考えていくことが大切です。そういうミーティングがないと一人一人で勝手に訪問していくようになりますから、この全体ミーティングを当法人ではとても大切にして行っています。このミーティングで初めて在宅医療を行う職員たちも安心してかかわれますし、成長していけると思います。
④たんぽぽ方式での疲弊しないステム
理念だけあっても、疲弊していたら大変です。特に在宅医療では24時間対応が必要ですし、患者さんが望むときにいつでも訪問できる体制をとるためには、一人で行っていては、質の高い在宅医療を提供できません。疲弊しないシステムを「たんぽぽ方式」と呼んでいるのですが、複数体制で疲弊しない体制でのシステムを構築しています。
⑤患者さんがやりたいことをとことん支援する
医療だけ、専門職のサービスだけを提供するのではなくて、患者さんがやりたいと思ったこと、特に最期にやりたいことを引き出して、チームみんなでとことん支援します。実現には多少お金がかかることが多いですが、法人としてバックアップしますし、もしリスクがあっても、それは法人の責任として対応するようにしています。
⑥絶食ではなく最期まで食べることを支援する
亡くなる前は絶食で亡くなることがまだまだ多いのですが、医療を最小限にすることで、最期まで食べられます。意識がない人は難しいですが、最期までちょっとでも食べたいという人に食べたいものを食べられるようにしたいと思っています。食支援というのは、 究極の多職種連携だと思います。やりたいこと支援の一環ですが、当法人では「KANAUプロジェクト」という取り組みをしています。本人が最期に食べたいものを、食べられるようにして、食べていただけるようにします。非常に本人も喜ばれますし、 家族も本当に涙を流して喜ばれます。そういう取り組みをしています。
⑦ここに来たら学べる組織にする
ここに来たらこき使われるのではなくて、きちんと学べると思える組織にしたいと思っています。そして、開業支援も行っています。当法人に勤めて、在宅専門医の資格を取って、開業した医師が、今まで12人ぐらいいます。それから、看護学生、医学生、 初期研修医や2年目の研修医が、愛媛大学はもちろん、 東京大学や慶応大学、埼玉医科大学、近畿大学などから、たくさん研修に来ています。約1ヶ月の期間で来られる先生が多いのですが、常時研修医が2、3人いて、年間で約30人の研修医が勉強にやってきます。さらに、全国在宅医療テストです。昨年で第15回になり、3,200人を超える参加者が受験をしています。この在宅医療テストのテキストである日経BP社の「在宅報酬算定マニュアル」は在宅医療を行っている人で、これを持っていない人はいない、知らない人はいないというぐらいになっています。最近は制度のことだけではなくて、在宅医療の理念やノウハウのことも書いています。この本を読んで、全国から見学や研修にも来られるようになっています。
⑧医療の地域偏在への取り組み
私がもともとへき地医療をしていましたので、当時勤務していたへき地診療所が廃止になるということで引き継ぎました。松山から約75キロ離れている診療所に、平日はドクターが泊まり込んで、午前中に外来診療、午後から在宅医療を行い、曜日ごとに医師が交代で勤務する体制を取っています。私は、厚生労働省医政局の地域偏在を考える検討会に入れていただいていましたが、この体制はそこでも先進的な取り組みであるという評価がされて、第1回日本サービス大賞をいただき、全国的にも評価を受けています。現在は、この地域の住民は1100人を切り、だんだん人口が減ってきて、当初当法人がへき地診療所を開設したときは黒字だったのですが、だんだん経営が厳しくなってきています。今後またさらにこの支援を続けていけないかいろいろと考えています。このような医療の地域偏在への取り組みは国も課題として、様々な方策を考えているところなので、この問題をどうすれば継続していけるか、むしろもっと広げて他の地域でも展開できるような取り組みができるかをいろいろ考えているところです。当法人の他とも差別化できる大きなプロジェクトだと思っています。
⑨病気だけでなく人をみる、生活をみる、人生をみる
これは、在宅医療だけではなくてプライマリーケアで非常に大事なものです。専門を極めていくとついつい病気を中心に見ていくようになりがちです。特に研修医は大学病院から来るとカルテには病気のことしか書かないのです。病気のことではなくて生活のこと、日々患者さんが何をしているのか、カルテに書くと研修医はびっくりします。研修医にもよく言うのは、自分のおじいさんを診たとして、高血圧や糖尿病がある人としてのみは診ないと思うのです。そうではなくて、やはりおじいさんはおじいさん、その人が病気も持っているわけで、病気だけを見ていたらダメだと思います。様々な選択肢を提示し、命に関わるような重要な選択をするときには、その人がどんな人生を送りたいと思うか、最期は死に向き合って、どんな最期を迎えたいと思うかを考えることが大切です。その人の生き方や大切にしていることなどを、常日頃診療を行うときから見ていけるようにしたいと思っています。
⑩有床診療所を併設した自由に選べる診療形態
当法人も在宅の専門クリニックで始めたのですが、病院の先生が在宅の適応があると判断しないと紹介されませんでした。外来で併診していると一緒に見ていけるわけで、そろそろ在宅の適応がある場合は、在宅の専門家である私たちが在宅導入を判断できることになります。また、患者さんにとっても、いよいよになって、知らない在宅の先生に紹介されるのではなく、病院の先生と在宅医が併診することで、常に一緒に寄り添いながら、その中でいよいよ病院に行けなくなった時には、この在宅の先生に診てもらうんだというイメージもできると思うので、外来をやるのもすごく意味があると思います。
在宅での看取りをしていて、8割、9割は在宅で看取りまでできるのですが、最期どうしても不安があったり、介護力がないという理由で入院するケースもあります。そういうケースでもその時点で病院に送らずに最後まで私たちが入院で診ることができます。介護が大変な時には入院して、介護者が休んだらまた家で見ることもできますし、食支援の基地としても重要な役割を果たします。そして病院の先生が、状態が悪くて家に帰れないなと思った時でも、転院だったらイメージができるので、入院で引き受けて、私たちが在宅に返せる人は返していくというような取り組みもできます。病院の先生にとっても、紹介したら亡くなる最期までみてくれると、安心して在宅に紹介できると思うのです。
そして障害短期入所ですが、人工呼吸器をつけている重度の若年者のデイサービス、お泊まりなどもでき、お母さん方には大変喜ばれます。経営上も空き病床対策になったり、医療保険より費用が高い福祉制度から費用が出る障害短期入所は経営的にもプラスになります。実際には、有床診療所自体は非常に赤字です。なかなかマンパワーを確保するのも難しく、今どんどん減っている状況ですが、在宅医療の質を高めるために、在宅医療をしている本人やご家族のお守りとして、安心できる選択肢なので、多少の赤字であれば運営して、皆さんに喜んでいただけるように運営していきたいなと思っています。