著者:永井康徳
今回のテーマは、『ALSの患者さんに「自然に看取ってほしい」と言われたとき、私たち在宅医療者はどう向き合うか』です。
ALSは、進行とともに食べることも、呼吸することも、そして自分の思いを伝えることも難しくなっていく病気です。だからこそ、人工呼吸器をつけるのか、胃ろうなどの人工栄養をどうするのか、本人が意思を伝えられるうちに、丁寧に対話を重ねることが欠かせません。今回は当院で経験した3人の患者さんのお話から、大切なことを考えてみたいと思います。
一人目:78歳のハルカさん
病院でALSと告知されたものの、予後や今後の生活についての説明は受けていませんでした。当院に紹介されてきたとき、病院からは「人工呼吸器をつけないなら受け入れられない」という回答。初診の日に、命に関わる方針を決めなければならない状況でした。
娘さんたちは「私たちから母には聞けません。先生から説明してください」と。
私が人工呼吸器についてたずねると、ハルカさんはすぐに手で「バツ」を作られました。点滴も、酸素も、鎮静剤も、すべてバツ。
次女さんは涙ながらに「母の意思は変わらないんです。ずっと変わらないんです」と話されました。
ハルカさんは入院中、ご家族に宛てて「早く楽になりたい。今まで幸せでした」と手紙を書いていました。そこにあったのは「家族のそばにいたい。最期は我が家で」という強い思いでした。ハルカさんは言葉でも、筆談でも、手の動きでも、最期まで意思を貫かれ、ご自宅で娘さんたちに見守られながら旅立たれました。
二人目:81歳のヤスヒロさん
認知症を伴うALSで、当初は「胃ろうはしない」と、指で「いいえ」と示すだけでした。ところが自宅に戻って食べる量が減ってくると、奥さんは「1日でも長く生きてほしい」と願うようになります。一方、病院の介護職員だった息子さんは「父はもともと延命を望んでいなかった」と、人工栄養に反対でした。
そして誤嚥性肺炎をきっかけに、ヤスヒロさん本人の答えも「はい」に変わっていったんのです。
家族で話し合い、鼻からの経管栄養を始めました。でも、入れたその夜に自分で抜いてしまう。入れては抜く、が繰り返されました。
私は「何より、ヤスヒロさんが安心して楽に過ごせることを最優先に」とお伝えしました。最終的に点滴を週3回に減らすことで合意し、奥さんはこう言われました。「つらそうな夫を見て、息子の言うとおりだったと思うようになりました。覚悟はできました。」
その2日後、ヤスヒロさんは穏やかな表情で旅立たれました。
三人目:71歳のサトルさん
「点滴も人工栄養も人工呼吸器も使わない。急変時も救急搬送はしない」と、はっきり意思を示されていた方です。
死期が迫ったある日、サトルさんは弱々しいかすれ声で、必死に唇を動かして、何かを訴えました。研修医も含めて医師と看護師5人がかりで、1時間かけて聞き取ろうとしましたが、肝心なところがどうしても聞き取れませんでした。翌日、サトルさんは娘さんが見守るなか息を引き取られました。
その研修医は、後に「生と死・生き方・死に方」というプレゼンをして、こう言いました。
「自分の口で言えるうちに、どこで死にたいか、誰といたいか、最後に何を食べたいかを伝えておくことの大切さを痛感しました」
3つの事例から学ぶこと
さて、ここから何が学べるでしょうか。
当院のデータでは、初診時に6割の方が人工呼吸器や人工栄養を希望しません。でも自宅で療養を続けるなかで、半数以上の方の意思が変わります。私の印象では、人工呼吸器をつける人が3分の1、つけない人が3分の1、最後まで迷う人が3分の1です。
だから私は、看取りの方針を話し合うとき、必ずこう伝えます。
「気持ちは何度変わってもかまいません」
そして家族の意見が割れたときは、誰かが生き死にをコントロールするのではなく、本人が一番楽であることを第一に考える。家族が死に向き合えたとき、初めてそれができるようになります。医療者の役割は、そこに至るまで寄り添うことです。
ある高齢の患者さんが言われました。「何も不自由がないことが幸せじゃない。自分で決めて、自分の思うようにできるのが幸せなんです」。
医学的に最適な選択と、その人にとって最適な選択は、必ずしも一致しません。たとえ大切なご家族と意見が違っても、一番に尊重されるのは、人生の主人公である本人の希望です。
「自然な看取り」に応えるとは、医療処置を控えることではありません。その人の価値観を知り、家族の思いに寄り添い、その人らしい最期を一緒に考え続けること。それが在宅医療の意思決定支援の核心だと思っています。