たんぽぽコラム

フリートーク

著者:永井康徳

  

第27回 治すことより大切なこと ~ドラマ「勿忘草の咲く町で」を見て~


NHK BSで放送されているドラマ「勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜」、私はすっかりはまって見ています。信州・安曇野の病院を舞台にした医療ドラマなのですが、在宅医療に携わる私の心に、深く刺さる場面がありました。

研修医の問い
ドラマの中で、高齢の重症患者さんへの治療を控えようとする指導医に、研修医がこう問いかけます。
「治すことより、優先することがあるんですか?」
みなさんなら、どう答えるでしょうか。
私なら、はっきりと答えます。「あります」と。
私たち医師は、医学部で「治す」ことを最上位に置く訓練を受けてきました。それ自体は、間違いではありません。しかし、治る見込みが乏しく、治療がかえって本人の時間と尊厳を削ってしまうとき。そのとき優先すべきものが、確かにあるのです。

答えは本人の人生の中にある
では、何を優先するのか。
その人はどこで、誰と、どのように過ごしたいのか。好きな物を、一口でも味わいたいのか。答えは、検査値や画像の中にはありません。その人が重ねてきた、人生の中にあるのです。
人はいつか、必ず死にます。死亡率は100%です。死は医療の敗北ではなく、誰の人生にも訪れる自然な結末です。そう捉え直したとき、私たちの問いは変わります。「どうすれば治せるか」ではなく、「本人は、どんな最期を迎えたいと思っているのか」へ。

治療を控えることは、何もしないことではない
ここで誤解してほしくないのは、治療を控えることは、決して「何もしないこと」ではない、ということです。
苦痛を和らげる。食べる力を支える。家族の迷いに寄り添う。そこにも、確かな医療があります。私はむしろ、治せなくなった時こそ、医師の本当の腕の見せどころだと思っています。
ただ、ドラマを見ていて、もうひとつ感じたことがあります。どんなに正しい選択肢を示しても、それを押しつけてしまっては、意思決定支援とは言えない、ということです。ご家族は、迷って当然なんです。その揺れる思いに寄り添えるかどうか。「何を提案するか」と同じくらい、「どう寄り添うか」が問われているのだと思います。

毎日が人生会議
大切なのは、医療者が結論を押しつけることではなく、本人と家族が揺れながらも納得できる道を、共に探すことです。
迷って、話して、いったん決めて、また迷って、決め直す。この行きつ戻りつのプロセスこそが、最後に「これで正解だった」と思える納得感を生みます。
だからこそ、みなさんにお願いしたいのです。元気なうちから、家族で「もしもの時」を語り合ってください。望みは変わってもいい。何度でも、確かめ直せばいいのです。人生会議は、特別な会議室でやるものではありません。食卓の何気ない会話、その一つひとつが人生会議です。毎日が、人生会議なのです。

終わりに
限られた命に向き合ったとき、治すこと以外にも、私たちにできることがある。今回のコラムが、みなさんがご家族と「もしもの時」を語り合うきっかけになれば嬉しいです。

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