著者:永井康徳
「黒いものでも白と言え!」社会を渡り歩いていくときに、そんな場面に遭遇したことがある人もいるでしょう。私もそのような経験があります。自分よりも圧倒的に強い権力を持っている人にそう言われたとき、人はついつい長いものに巻かれてしまうものです。
組織の中で生きていれば、このような理不尽な要求は避けて通れません。上司からの圧力、同調圧力、保身への誘惑。様々な力が私たちを本来の信念から遠ざけようとします。そんな時こそ、一つの指針が必要になります。
私がいつも思い出すのは、京セラ元会長稲盛和夫氏の「動機善なりや私心なかりしか」という言葉です。大きな夢を描き、それを実現しようとするとき、動機は善なのかを自らに問い、自分の動機の善悪を判断します。そして、個人の利益のために自己中心的な発想で物事を進めていないかを点検します。動機が善であり、私心がなければ結果は問う必要はありません。
しかし現実は厳しいものです。正しいことを貫くのは決して容易ではありません。権力の前に屈することは、一時的には楽な選択かもしれません。周囲との摩擦を避け、安全な道を歩むことができるからです。だが、その瞬間の安楽のために自分の信念を曲げてしまえば、後に必ず後悔の念に苛まれることになります。そして何より、自分自身に対して誠実でいられなくなってしまいます。
人生は一度きりです。いつか自分の歩んできた道を振り返る時が必ずやってきます。その時、果たして自分は胸を張って「正しい選択をしてきた」と言えるでしょうか。「動機善なりや私心なかりしか」と自らに問い、正しいと思った時には、権力者に流されそうになった時でも、自分が正しいと思う道を進みたいものです。そして、いつか自分の人生を振り返った時、自分の子供達にも「父さんは間違った道になびくのではなく、正しい道を選んで生きてきた」と胸を張って言いたいと思います。
稲盛氏の言葉は、そうした人生の本質的な問いに答えを与えてくれます。動機が善であり、私心がなければ、どのような困難が待っていようとも、それは自分らしい人生を歩んだ証なのです。たとえ結果が思うようにいかなくても、その歩みに後悔はありません。そして、そのような生き方こそが、真の意味での成功と言えるのではないでしょうか。