職員リレーエッセイ

  

15 ラジオと私

「今日は長男の通う高校のボート大会が、梅津寺海岸で3年ぶりに開催されます。ボート部3年生の彼は、準備のため、仲間と共に朝早く海へ出発して行きました・・・」

前の晩からウチに泊まり込んでいた部員仲間と、自転車で駆けていく長男の後ろ姿にエールを送りたくて、初めて投稿したメールがリクエスト曲と共にFMから流れてくると、恥ずかしいようなワクワクするような、とにかく未体験の感情が湧いてきたのが、昨年の初夏のこと。


私とラジオの付き合いは、振り返るともう40年以上になります。
南予の港町(有数のみかん産地でもあります)で幼少期を過ごした私は、段々畑の探検と漫画本で日が暮れる毎日を送っていましたが、小学6年の時に肺炎で入院。6時間毎の臀部への筋肉注射に耐える日々の中で、AMラジオを聴く楽しみが与えられました。

中学生となり松山に転居した後も、鍵っ子だった私は、帰宅するとまずFMのスイッチを入れ、就寝までずっとラジオをBGMとして流す生活を送るようになりました。
当時は2週間単位のラジオ番組表が載ったFM週刊誌なるものがあり(FMパック、FM station・・・)、自宅の電波状態が悪い中、セッセとカセットテープに名曲をエアチェック(アンテナを手で握ると受信感度がUPするので、録音中は何時間も不自然な姿勢のまま、ラジカセの前から離れなかったことも)。

SUNTORYサウンドマーケット、クロスオーバーイレブン、サウンドストリート、POPSヒコヒコタイム。そして、みゆきさんのオールナイトニッポン・・・。
世界がまだ学校と家だけだった十代の頃、私にとってラジオはセカイにつながる窓になってくれました。

あれから、もう、幾年月・・・。
クルマに乗ると今でも、私はほぼラジオしか聴きません。
息子たちも、ラジオが好きになってくれたらいいなあ。

Written by S 医師