たんぽぽクリニック考

  

第1回変わる日本と一緒に進化するたんぽぽクリニック


10人中4人が65歳以上のお年寄りになる時代がすぐそこまで迫っている。医療が必要なお年寄りが増えていくにもかかわらず、地域社会は医療と看護と介護をきちんと提供することができるかどうか。市町村も都道府県も医療の仕組み全体に責任を負う国もあてになるかどうか。新型コロナウイルスが巻き起こした混乱を振り返ると覚束ない。結局、身近に頼りになる病院や診療所があってこそ安心して暮らすことができる。変動する社会の行方を見据えながら「在宅医療のゴールは自宅での看取り」という理念を掲げて歩んできた「たんぽぽクリニック」とは?。

ハイテク・ハイタッチな診療所
たんぽぽクリニックの特徴は「ハイテク・ハイタッチ」だということ。高度なをテクノロジーと心のこもった手触り感を兼ね備えた在宅療養支援診療所である。医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーから調理師まで13職種あわせて100人ものスタッフをそろえ、治せない病気や障がいを抱えたり、老化と向き合ったりしている人々を24時間365日ささえる。担当している患者の病状と暮らしぶりをスタッフ全員がつかめるように、インターネットなどICT(情報通信技術)機器を使いこなして、毎朝、松山市内の本院と80キロ離れた僻地診療所をつなぐ全員参加のWEB会議を開き、患者情報の共有と治療方針の統一を徹底する。同時に「利他の心」によって成功した日本を代表する経営者、稲盛和夫氏の語録を読み、患者と家族に接する心得を養う。
医師と看護師ら「4人1ユニット」というチーム医療も特徴の一つだ。1人の医師が何でもこなすスーパードクターに依存しない複数のチーム編成により多くの患者さんを診る仕組みを実施してきた。「ユニット制(チーム医療)×ICT=持続可能な在宅医療」である。「在宅医療のゴールは自宅での看取り」という理念を実践するためだ。

「人生を丸ごと見る医療は楽しくやりがいがある」
このようなを在宅医療専門の診療所をめざして永井康徳理事長が歩み始めたのは2000年。介護保険が施行された年だ。きっかけは愛媛県南部の過疎地の僻地診療所で医師としての第一歩を踏み出したときだった。そこで地域医療の原点を住民から学ぶ。「患者の人生を丸ごと見ていくことのできる地域医療は本当に楽しくやりがいのある」と永井理事長は当時の初心を語る。丸顔で丸っこい体つきの理事長は在宅医療関係者に「医療界の秋元康」と呼ばれている。大衆の気持ちをつかむ感性だけでなくクールなビジネスマインドにも恵まれている。赤字で閉鎖する公立僻地診療所を民間診療所として引き受けて黒字経営に一転させ、第1回日本サービス大賞地方創生大臣賞を受けた。

在宅医療の大切さを多くの人たちに知ってもらおうと、中学生でも分る『たんぽぽ先生の在宅医療エッセイ~在宅医療で大切なこと~』(愛媛新聞出版センター)を書いて愛媛出版文化賞奨励賞を受け、続編の漫画版『在宅医たんぽぽ先生物語 おうちに帰ろう』(主婦の友社)も出版した。

「たんぽぽ」の種を全国に飛ばそう
在宅医療を目指す医師や医学生のため教育事業にも熱心に取り組む。年間受験者が3000人という「全国在宅医療テスト」は在宅医療の裾野を広げるため、無料で実施してきた。たんぽぽの種が風に乗って遠くに飛んで根を下ろすように在宅医療の種が各地で花を開くことを願っているからだ。全国の医療機関などから「たんぽぽ」に来て本物の在宅医療の理念と実技と患者さんとの付き合い方を身につけ、各地で開業した医師は10人になった。開業準備中の医師は現在2人在籍中だ。地元だけでなく東京大学や慶応大学など多くの大学から来る研修医らが増えており、「たんぽぽ」の種が全国に飛んでいけば、病院中心に固まってきた日本医療を変えていくに違いない。