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最新看取り事情


第7章 多死社会で求められる医療とは?

■「議論」から一歩前へ踏み出すために

 これまで日本の医療は、国民皆保険という世界に誇れる制度と相まって、十分な成果を挙げてきました。しかし現在、急性期病院の多くは、治すことに精いっぱいで、老化や死にはなかなか向き合えないというのが現状ではないでしょうか。医学教育や看護教育でも、病気を見つける検査や診断、それを治す治療の方法は教えても、治せない時に老いや死にどう向き合うかはカリキュラムに組み込まれていません。その具体的方法すら見いだせていないのが現状ではないかと思います。
 在宅医療や緩和ケア、ホスピスなどに関する学会でも、さまざまな議論がなされています。しかし、これまで、「死」に関することはタブー視され、なかなか踏み込んだ議論がされてきませんでした。たとえ議論がなされても、死についてはさまざまな意見があるだけに、"議論のための議論"で終わってしまいがちでした。最近では、日本老年医学会による「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明2012」や「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン―人工的水分・栄養補給の導入を中心として」のように、議論から得られた最低限のコンセンサスをまとめる動きが出はじめています。私は多死社会を迎えて"待ったなし"の終末期医療の問題を一歩でも前へ進めたいという思いから、2013年3月の第16回日本在宅医学会にて大会長宣言として、「終末期の医療と介護に関する松山宣言」を出させていただきました。


■最低限のコンセンサスを分かりやすく

 在宅医療は、もともと、治せない病気や障害、そして老化に向き合って、患者と共に歩んできた医療です。在宅医療の実践者たちは、すでに老いや死の問題に向き合ってきました。しかし、ガイドラインや宣言などの形で1つの文書に表そうとすると、医療者それぞれの思いが強く、なかなか同じ土俵に載せるのは難しくなります。実際は、同じような臨床実践を行い、患者や終末期への思いもそんなに変わらないのに、言葉遊びをするような議論をしてしまうことが往々にしてあります。あるいは、哲学的になりすぎて、理解困難な内容になってしまうこともよくあります。終末期の問題は、医療者だけでなく、一般の人にも伝えていかなければ普及できません。一般の人にも分かりやすく伝えていくことが、非常に大切だと思います。


■在宅医療をすべての地域に!

 世界一の高齢化率を誇る日本。あっと言う間に超高齢社会となった日本ですが、団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、年間160万人以上が亡くなる多死社会に突入します。多死社会というのは、超高齢社会の次に来る社会だと言われ、人口の多数を占める高齢者が寿命で亡くなり、人口が減少していく時期のことをいいます。
 多死社会の切り札とされる在宅医療は、これまで大都市から普及していく傾向にあり、地方や僻地では、地域医療の疲弊と相まって多くの地域で在宅医療が未開拓となっています。今後、大都市で起こってくる団塊世代の高齢化により、高齢者や要介護者の療養場所がなくなるという医療クライシス、地方での地域医療や救急医療の疲弊、へき地の無医地区化、被災地の医療復興などを解決していくためには、すべての地域で在宅医療が課題解決の鍵となるのではないかと私は考えています。
 私たちの法人では、市町村合併の余波で余儀なく廃止と決まったへき地診療所を市から民間委譲し、松山市の複数の医療スタッフとの連携で循環型の地域医療を行っています。この循環型の地域医療は、当院在宅医療の24時間の当番体制のシステムを応用したものです。このシステムを利用することで、60Km離れた地域への医師の派遣が可能になりました。そこでは午前中は外来診療、午後は訪問診療を行っています。人口が少なく交通の便が悪いへき地でも24時間対応の質の高い在宅医療を行うことによって、経営は安定し、住民の診療所受診率も上がりました。何より、住民が望む医療を医療従事者が疲弊することなく、長く運用できるシステムを構築することができました。
 今後起こるであろう医療体制の危機に対して、医療従事者がやりがいを持って疲弊せずに医療に打ち込める環境を、このような運用システムで解決していくことが求められていると思います。
 全国のへき地診療所は地方自治体が運営しており、多くは赤字経営で一般会計からの繰り越しを続けていて、地方自治体の財政の悪化に伴い、苦しい運営を強いられています。 しかし、国の政策が在宅医療に大きくシフトしている今、在宅医療に積極的に取り組み、さまざまな工夫を行うことで、人口の少ない地域で経営も成立することが証明できれば、逆に、へき地から都市部、大都市へ、この地域医療モデルを適用して在宅医療を広げていくことができるのではないでしょうか。 また、へき地での在宅医療の広域での展開は、在宅医療の地域間格差を埋める取り組みにもなると思います。
 さらに、へき地は高齢化と人口減少が進み、その姿はこれからの日本社会の縮図です。このような方法で在宅医療を広めて、自宅での看取りを増加していくことができれば、今後の多死社会における医療のあり方を指し示すモデルともなり得ると考えます。


■多死社会で求められる医療

 超高齢社会からかつてない数の人々が亡くなる多死社会を迎えるに当たり、私は次の3つを実現できるような医療の変革が求められると思います。
(1)治し続けた末の死ではなく、治せない病や死、老化に向き合っていくこと
「人間はいつか必ず死ぬ」という当たり前のことから目を背けずに、亡くなるまでどう生きるかを、患者本人・家族と共に考えていく医療が求められています。
(2)病院での看取りだけでなく、住み慣れた自宅や施設での看取りという選択肢があることを医療従事者と一般の人々に普及していくこと。
病院ではなく、住み慣れた家や施設で最期を迎えるには、病院と同じように点滴を続けていては、その選択肢は生まれてきません。点滴をすることにより、医療処置や介護量が増えるからです。ほとんどの人を自宅で看取っていた時代のように、亡くなる前に食べられなくなった時は、点滴をするのではなく、食べられるものを食べられるだけ口にして、自然のままに看ていくという意識改革が必要になってくると思います。
(3)家族や医療従事者で方針を決めるのではなく、本人の生き方にしっかりと向き合う医療を提供すること
告知しない方がよいのか、胃ろうをした方がよいのか、どこで亡くなるのがよいのか、患者本人にとっての最善を、本人の視点で家族や医療従事者が考えていく医療が望まれます。ただ余命だけを延ばす医療から、どうすれば患者本人にとっての満足度が最高のものとなのるかを考える医療が求められています。


■最期がより良く満足のいく医療へ

 在宅医療の普及は、多死社会における地域医療や社会保障の諸問題を解決する鍵となるはずです。"治す医療"を引き続き発展させつつ、在宅医療をさらに普及し、避けられない死を目前にした時、残された時間をより良く生きるためにどのような選択をすることが患者・家族にとって最善なのか、そのことを患者本人と向き合って考える医療が必要となっていくのではないでしょうか。
 多死社会を迎え、「治療し続けた結果、死を迎える医療」ではなく、「老いや死をしっかりと見据え、最期までどうより良く生きるかを考えていく医療」への変革が必要だと考えます。