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最新看取り事情


第4回 胃瘻をする選択、しない選択

■胃瘻をする?しない?-さとしさんの場合

 さとしさん(85歳、仮名)は、脳梗塞を何度も繰り返し、寝たきり状態となっていましたが、奥さんが長年、献身的に介護してきました。奥さんも高齢でしたが、近くに住んでいる次女が毎日のように訪問して介護の手伝いをしており、県外に住んでいる長女も頻回に帰ってきていました。
 これまで何度も脳梗塞を起こしていたさとしさんは、嚥下能力が徐々に落ちており、ある時、誤嚥性肺炎を起こして入院しました。肺炎を治療し良くなりましたが、食事摂取が進みませんでした。病院の主治医の先生は、胃瘻栄養を勧めました。しかし、さとしさんは、もう何度も脳梗塞を起こしてきて長年療養をしてきたので、ご家族は胃から無理矢理栄養を注入して延命するのではなく、口から食べられる分だけを食べさせて、食べられなくなったら自然に看取ってほしいと希望しました。ところが、病院の医師は、せっかく肺炎を治したのに、栄養を入れずに亡くならせるのはしのびないと、胃瘻栄養以外の選択肢を提示しませんでした。
 ご家族は、口から食べられなくなった時、胃瘻栄養だけでなく、自然に看取る選択肢もあるはずだと考え、在宅医を探し、当院での在宅医療を希望しました。当院で在宅医療を開始後、さとしさんは少し元気になり、ご家族やご親戚、近所の方の訪問もあり、良い時間を過ごしていました。ただ、食事水分量は少なく、何度か輸液をしました。しかし改善せず、再び誤嚥性肺炎を起こしました。入院の選択肢も示しましたが、自宅でできる範囲の医療をお願いされました。また、食べられないからといって、点滴は希望されませんでした。
 呼吸苦があり、在宅酸素と痰の吸引のため吸引器は導入しましたが、水分補給のための点滴は行わず、徐々に脱水ぎみとなり、傾眠傾向となり、最期は痰の吸引も少なく、痛みもなく、枯れるように亡くなられました。亡くなられた瞬間は、事前に私たちが話していたとおり、家族水入らずで最後の瞬間を過ごしてから私たちに連絡がありました。
 奥さんは、「先生が言ったとおりに変化して最期を迎えられました。主人は楽しそうでした。皆さんが来る前にと思って、十分に家族で泣きました。私も主人をこうして無事に見送ることができて本当に感謝しています。私たちがこのような最期を迎えたいと思っていたとおりの最期を迎えることができました。ありがとうございました」とおっしゃっていただきました。

■世界一の胃瘻大国の日本

 現在、終末期において、「食べる」ということと栄養経路の選択が非常に大きなテーマになっています。中でも、在宅医療の対象となる患者は、すでに食べることが困難か、近い将来食べられなくなる方がほとんどです。
 現在、日本で胃瘻栄養を行っている高齢者は40万人とも言われます。毎年、新たに胃瘻を造設する方は20万人と言われています。これは、世界でも類を見ない数のようで、日本は世界一、胃瘻患者の多い胃瘻大国と言われています。

■胃瘻するかどうか決断するのは誰か?

 「あなたが将来、認知症が進行して寝たきりになり、食べられなくなった時、あなた自身は胃瘻栄養を行いたいか」と聞くと、多くの人が胃瘻栄養はしたくないと答えます。また、2012年に四国の在宅療養支援診療所の医師に行ったアンケート¹⁾では、実に81%の在宅医が「自分が食べられなくなった時には、胃瘻栄養はしたくない」と答えています。自分自身は胃瘻栄養をしたくないと答える人も、「自分の家族が食べられなくなった時に胃瘻栄養をしますか」と問われると、言葉に詰まってしまいます。それほどに、他者の生き方、死に方を判断することは困難なのです。
 しかし、現在、食べられなくなった時に胃瘻栄養をするかどうかを判断しているのは、家族と医療従事者です。そこには、本人の意志がほとんど入っていないのが実情でしょう。食べられなくなった時に胃瘻栄養をするという選択肢があるのはよいことだと思うのですが、もし、本人が望まないのに胃瘻栄養をしているとしたらどうでしょうか。

■胃瘻をせず、「自然に看取る」という選択肢も

 私は、決して「胃瘻」を否定しているわけではありません。食べられなくなった時、胃瘻栄養という選択肢があるのはよいことです。また、機能回復のための胃瘻造設は大変有用ですし、胃瘻栄養を続けて、ご本人もご家族も幸せな療養生活を維持している場合も多くあります。ただ、本人の意思ではなく、家族と医療者だけで胃瘻造設を決定し、「栄養補給の方法があるのに選択しないのは忍びない」と、最期を先延ばしにするかたちで胃瘻栄養を選択する場合が多かったことも事実です。むしろ「胃瘻栄養をせず、自然に看取りたい」という家族は、医師から「見殺しにするのか」といった心ない批判を受けたという話を何度も聞きます。現在の日本では、むしろ「胃瘻を選択する方が当たり前」という社会風潮があるのです。
 このように、「自然に看取る」という選択肢が提示されにくい現状をしっかり理解した上で、その選択肢もあることを示し、それを選択した家族が罪悪感を持たずに済むようなサポート体制が必要なのではないかと思うのです。さまざまな選択肢のメリット・デメリットを十分に説明した上で、個々にとっての最善の選択肢は何なのか、ご家族と十分に話し合った上で結論を出せばよいと思います。十分に話し合い、共に考え、ご家族が重荷を感じながら出した結論を「それが正解だったんだ」と言って後押しすることが大切だと思います。

■先延ばしの医療から本人の生き方に向き合う医療へ

 対象者のほとんどが胃瘻栄養を行い、社会が介護や医療を負担する社会システムでよいのか、胃瘻栄養の導入に、本人の生き方や価値観は尊重されているのか、これらは、多死社会を迎える日本において、避けられない問題です。
これらの問題から見えてくるのは、本人不在の意思決定、すなわち、患者本人の意思を置き去りにして、ご家族や医療従事者だけで決定することではないでしょうか。
 現代の医療は病気を治すことを目的としており、治せないことは医療の敗北になってしまいます。老いや死と向き合わずに先延ばしする医療から脱却し、ご家族や医療従事者だけではなく、本人自身にとって最善の医療を提供できる、患者本人の生き方と向き合う医療へと、患者に最も近いところで提供する在宅医療から変えていかなければなりません。
                        
【引用・参考文献】
1)2012年愛媛大学医学部公衆衛生学教室、社会医学実習アンケート