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最新看取り事情


第3回 最期は点滴をしない自然の看取りの選択肢

■あなたは亡くなる前に食事が十分にとれなくなったらどうしますか?

◎中心静脈栄養
中心静脈栄養は心臓の近くの血管までカテーテルを入れて、高いカロリーの輸液を行う 方法で、手術の時や一時的な治療の間、腸閉塞や腸の病気で栄養の吸収がうまくいかない場合などでは非常に有用です。
◎末梢輸液
手や足からのカロリーの少ない点滴で、いわゆる普通の点滴です。一時的な 脱水を改善したり、口から食べる量が少ないときに補助的にこのような点滴を行う事は非常に有効です。ただし、全く口から食べられなくなった時に、この末梢輸液だけでは、必要なカロリーが身体に入りません。そして、カロリーが少ない点滴をずっと続けていると 低栄養となり、水分だけが身体に入ることになり、身体で処理できなくなり、身体のむくみがひどくなったり、胸やお腹に水がたまったり、痰が多くなって吸引が必要になるなど 身体のしんどさばかりが目立つようになってきます。また、認知症の患者さんや不穏が強い方は持続的に点滴をすること自体が難しく、点滴をするために拘束をしたりすることも あります。亡くなる前に点滴をするために手などをしばって、動かないようにするのは忍びありません。安易に食べられないからといって、点滴をするのではなく、食べられないことが不可逆性の変化であれば、結果を先延ばしするのではなく、何がその方にとって一 番楽な方法なのかを優先して考えてあげることが必要なのではないでしょうか?

■病院で看取ることが当たり前の社会

 1950年頃は自宅での看取り率が80%以上ありましたが、最近では自宅での看取り率は十数%しかありません。そのかわりに病院での看取り率は、80%を超える時代となりまし た。世界を見渡してもこんなに病院での看取り率が高い国は他にはありません。日本でも 歴史を遡って、大正時代以前はほとんど自宅での看取り率が100%だったでしょう。おそ らく人類の歴史上、最も病院での看取り率が高くなっている社会が日本の社会です。最近の数十年間、どんどん病院での看取り率が高くなっていく中で、自宅で看取る人をみることが少なくなっていきました。今では、自宅で看取った経験がある人が非常に少なくなりました。それは医療従事者も同じです。食べられなくなったら入院し、胃瘻や点滴をす る。亡くなる時は入院する。それが当たり前の社会になっています。
 病院で看取ることが当たり前になっている社会で、自宅で看取ることは大変な労力が必要です。本人や家族が自宅での看取りを希望されても親戚がやってきて、なぜ食べれない のに点滴をしないのかとかなぜ入院させないのかと言われるケースはよくあります。自宅 で看取るためには、十分な説明が必要ですし、看取りの変化や対応についてもあらかじめ 説明することが必要です。さらに、病院から在宅に帰るためには、不安を取り除くため、 24時間の対応や状態にあわせての訪問も必要になります。病院で看取ることが当たり前の社会で、自宅で看取るためには、様々な説明や理解と納得が必要となり、ハードルが高く なっているのが現在の状況です。

■最期を楽にする方法は?

 重度の在宅患者様やターミナル患者様の場合はすでに食べられないか、近いうちに必ず 食べられない時期がやってきます。食べられなくなった時にあわててどうするかを考える のではなく、そのときを見越してあらかじめ具体的な栄養経路を確保しておくことが大事です。そして、食べられないことが不可逆性の変化であれば、何もせず自然に看るという 選択肢もあるということを考えておきたいものです。
 亡くなる前は誰でも食べられなくなること、亡くなる前は水分を体内で処理できなくな るので、食べられなくなったからといって、強制的に水分や栄養をいれていくことはかえって本人がしんどくなる要因を増やすことになること、苦しい時を長引かせることは本人にも家族にもつらいこと、最期の最期は脱水気味で枯れるようになくなるのが一番楽であ ることなどは十分理解しておくことが必要です。
 ただし、選択肢を提示しても、選択するのは患者様やご家族です。十分な説明をして、 選択肢を提示した後、最終的に家族が決定した結果は尊重していきたいものです。選択肢 をすべて提示した上で、十分議論した出した結論は、「これで正解だったんだ」と気持ちの揺れる家族をしっかりと後押ししてあげる医療者の姿勢も重要だと思います。

■亡くなる前の最期の1週間は輸液をしない選択肢

 患者様が亡くなる前の1週間くらいは、もう水分や栄養を体で処理できなくなくなっており、輸液や注入でむりやり身体に入れない方が楽であることは、しっかりと説明を行え ば、介護者の方もほとんどが理解してくれます。最期の1週間を意識することは、いつか 亡くなることにしっかりと向き合うことでもあり、余命をしっかりと意識することにつながります。また、最期の1週間は点滴をしないのであれば、それまでにも徐々に点滴や注 入を絞っていくことでしょう。そして、点滴や注入を最小限にした看取りが一般的になれば、病院から自宅へ帰れる人たちも増えていくことでしょう。
 亡くなる最期まで点滴をし続けるのではなく、治せないことや死にしっかりと向き合って、「亡くなる前の最期の1週間は点滴をしない方が楽」という意識が医師だけでなく、 広く一般に広がっていけば、日本の看取りのあり方も変わるのではないかと思います。