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「四季録」(愛媛新聞連載)

患者さんやご家族に教えられたこと・・・

四季録 患者さんやご家族に教えられたこと

当院理事長の永井康徳医師が、2020年4月1日より愛媛新聞の連載コーナー「四季録」へ記事を寄稿しています。
永井医師が在宅医療やへき地医療を行う中で、患者さんやご家族に教えられたことを主体に書き綴ったものです。一般の方々に多死社会を迎えた新たな医療の在り方や在宅医療の選択肢、看取りの在り方などをお伝えする内容となっています。ぜひご一読ください。
記事は毎週水曜日に掲載され、連載は半年間続きます。





第19回 亡くなる瞬間はみていなくてもいい

当院には、全国から毎年多くの研修医がやってきます。ある研修医に、私が在宅医療の講義を行った後、その研修医の目から涙があふれて止まりませんでした。彼女の涙の理由は何だったのでしょう。その理由が講義の感想として次のように記されていました。
「私が医学部の学生の時に、父が癌の末期であることがわかりました。父は在宅で闘病していました。ある日、私は図書館で勉強して帰ろうと思い、勉強中に母から『父の様子がおかしい!すぐに帰ってきて!」と電話があり、急いで家に戻りましたが、父はすでに亡くなっていたのです。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年8月5日掲載

第18回 大切な人の「死に目」に会うということ

「大切な人の死に目に会えない」ことは不幸なことなのでしょうか?それどころか、この「思い込み」が逆に人を不幸にしているのかもしれないと私は思うのです。
高齢で寝たきりの母親を看ていた姉妹がおられました。二人とも仕事をされていたので、日中の介護は主に家政婦さんにお願いしていました。時を経て、食べられなくなり、胃ろう栄養を選択しましたが、手厚い看護のおかげで、比較的落ち着いた日々を過ごされていました。娘さんたちはお母さんがこのまま自宅で穏やかに最期を迎えることを望まれていました。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年7月29日掲載

第17回 最期の瞬間に医者はいらない

元高校教師の男性のお話です。実父が脳梗塞を発症し、自宅で逝くことを望みながらも病院で亡くなった経験から、その男性は「延命医療をせず最期は自宅で看取ってほしい」という自身のリビング・ウィル(生前の意思)を書き残していました。すると運命のいたずらか、父親と同じ65歳にして脳梗塞で倒れ、集中治療室に入りました。奥さんは本人の意思を尊重し、病院での治療よりも家族と一緒に過ごせる自宅での療養と看取りを望まれました。
私たちが診療訪問を始めて2週間たったある日、奥さんから一本の電話がありました。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年7月22日掲載

第16回 在宅医療専門クリニック

介護保険制度が始まった2000年、私は在宅医療専門クリニックを開業しました。外来も病棟も持たずに在宅患者に特化した医療を行うクリニックは、当時愛媛県で初めてでした。
なぜ、在宅医療専門のクリニックを作ったのかとよく聞かれます。私は元々、へき地診療所で高齢の患者さんを多く診ており、病気や障がいで診療所に通えない方がいると、自然に患者さん宅を訪問する在宅医療を始めるようになったのです。
ある時、がん末期の患者さんから「家で看取ってほしい」との依頼を受け、訪問診療を開始しました。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年7月15日掲載

第15回 在宅療養なんでも相談室

たんぽぽクリニックの電話が今日もまた鳴っています。「○○病院連携室です。退院する患者さんの訪問診療をお願いします!」
病気や障がいを抱えた入院中の患者さんが自宅に戻られる時、入院前とは変化した生活の再構築が必要となります。このような患者さんの紹介を最初に引き受けるのは、当院の「在宅療養なんでも相談室」です。当院では在宅医療機関の中でも全国に先駆けて、この相談室を設置しました。「在宅療養なんでも相談室」には、看護師、医療ソーシャルワーカーが在籍しています。たんぽぽクリニックの在宅医療は、すべてここから始まります。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年7月8日掲載

第14回 誰のための医療なのか?

2011年東日本大震災で、災害支援をした時の話です。私は被災10日後に宮城県気仙沼に入り、避難生活の中、通院できない高齢者のご家庭を巡回しました。寝たきりで悪化した床ずれ(褥瘡)を治療するプロジェクトの立ち上げに関わっていたのです。
そこには、全国から在宅医療のプロフェッショナルや褥瘡治療の専門家が集まってくれました。情報のない中、一軒一軒訪問して対象患者を探し出し、褥瘡治療に当たりました。私たちは当時、在宅医療がまだ広まっていない気仙沼市に訪問診療の真骨頂を提供しているという自負を抱き、活動していました。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年7月1日掲載

第13回 最期まで食べる!

あなたは亡くなる最期の日まで食べることを望みますか?それとも最期は絶食でも仕方がないと思われますか?
現在は、亡くなる最期まで点滴や経管栄養、胃ろうなどの人工栄養を続け、吸引などの医療処置が必要となり、絶食で亡くなることが圧倒的に多い時代です。
終末期に「絶食」ではなく、口から食べるという取り組みは「食支援」とも呼ばれ、在宅医療では近年注目されています。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年6月24日掲載

第12回 点滴をする選択、しない選択

病院で亡くなる患者さんの多くは、最期のその時まで点滴を受け続けています。そして、ご家族も最期まで今の医学で可能なことはやってほしいとそれを望まれます。
私はこれまで多くの患者さんから、最期に点滴をしない方が楽であることを身をもって教えていただきました。この経験から、亡くなる前の点滴についてどのようにご家族に説明することが理解を得られやすいかを考えています。それは最期はご本人を楽にすることを最優先に考えることを願うからです。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年6月17日掲載

第11回 亡くなる前に点滴はいらない

人は生まれたらいつか必ず亡くなります。そのことに誰も異論はないことでしょう。にもかかわらず、私たちは死に向き合う機会を持てていないように思います。
これは日本の医療が「治す」事を追求して発展してきたことが大きく影響しているのかもしれません。私たち在宅医療のクリニックに紹介されてくる癌の患者さんは、病名の告知はされていても、病気がもう治らないことや限られた命であることなど十分な告知がなされていないケースがまだまだ多くみられます。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年6月10日掲載

 

第10回 ウクレレの魔法

昨年、私が新しく始めた趣味があります。それはウクレレ演奏です。ある医師がウクレレを背負って当院に見学に来られ、行く先々で演奏したところ、たちまちみんなを魅了し、盛り上がったことがきったけでした。小さな楽器ながら、魔法のような音色に感動し、私はすぐに虜になりました。
早速、ウクレレを購入し、最初にマスターしたのが「ハッピーバースデートゥーユー」でした。当院では、患者さんの誕生日に小さな花束を贈ります。その際にこの曲をウクレレで伴奏し歌いながらお祝いしたいと思ったのです。 ≪続きを新聞記事で読む≫

2020年6月3日掲載

第9回 ブラックジャックの名言

大切な方がいよいよ最期を迎えようかという時、ご家族の出張や結婚式などで、どうしても「その日」まで本人のイノチを持たせてほしいと求められることがあります。大切な方に一分一秒でも長生きしてほしいご家族のお気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、大切なのは自然な「死への過程」に抗わないことだと思うのです。
そんな時、私がいつも思い出すのは、手塚治虫の漫画ブラックジャック「時には真珠のように」の章に出てくる名言です。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年5月27日掲載

第8回 一人称の死

皆さんは自分の「死」を想像したことがありますか?人は生まれたらいつか必ず亡くなります。これは当たり前のことですが、「死」をイメージできる人とそうでない人がいます。
「あなたはピンピンコロリで亡くなりたいですか?それとも介護を受けて亡くなりたいですか?」講演会でこう質問すると、ほとんどの人がにっこりと笑顔でピンピンコロリの方に手を上げます。「では、明日の朝、亡くなっていてもいいですか?」と聞くと、尻込みする人がほとんどですが、もう十分生きたからそれでいいという方もおられます。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年5月20日掲載

第7回「楽なように やりたいように 後悔しないように」

当院では、お看取りの時期が近い患者さんへ必ずお話しすることがあります。それは「楽なように、やりたいように、後悔しないように」という信条です。
一つ目は、「楽なように」です。今は緩和医療が発達して、心ゃ身体のつらさをしっかり取ることができるようになりました。これから在宅療養を始める患者さんに「家に帰って何かしたいことはありますか?」と聞くと、たいていの患者さんは「こんなに痛くてしんどいのにそんなこと考えられないよ」と言われます。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年5月13日掲載

第6回「最期の入浴」

在宅で療養する患者さんにとって、入浴は食べることに次ぐ楽しみの一つだと思います。訪問入浴のサービスでは、寝たきりの方でも自宅で気持ちよく湯船につかり、体を洗ってもらえます。その一連の手順や手際の良さは必見で見事としか言い様がありません。
以前、100歳の方が、当院に紹介されてきました。その理由は、主治医から入浴の許可がおりなかったからだそうです。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年5月6日掲載

第5回「人生会議」

誰でもいつでも、命に関わる大きな病気やケガをする可能性があります。命の危険が迫った状態になると、約7割の方が医療やケアなどについて、自分の意志や希望を伝えることができなくなると言われています。ですから、常日頃から自分が大切にしていることや、誰とどこでどのように暮らしたいかを考え、周囲の信頼する人たちと話し合っておくことが重要です。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年4月29日掲載

第4回「ヒトを診る医療」

「ピンポーン」まだ辺りも暗い午前5時過ぎ、南予にあるたんぽぽ俵津診療所に隣接する医師住宅の呼び鈴が鳴りました。玄関まで行ってみると、ドアの向こうで懐中電灯の光と人影が見えます。ドアを開けると、「先生・・・」と、いつも診療所に来る男性が白い発泡スチロールの箱を持って立っていました。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年4月22日掲載

第3回「看取りの文化」

桜の季節になると、以前研修に訪れた台湾の方々から聞いた「最期の一息」という言葉を思い出します。
近年、在宅医療は日本のみならず、台湾でも広がりを見せています。現在の台湾の高齢化率は12%程度で、28%の日本ほどではありませんが、なんと2050年には台湾が日本を上回ると予想されています。世界一の高齢化率をはるかに上回るスピードで高齢化が進むため、台湾にとって高齢化対策は喫緊の課題なのです。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年4月15日掲載

第2回「経験はつながっていく」

アップル社の創業者スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式で「コネクティング・ザ・ドッツ」(経験はつながっていく)という伝説のスピーチをしています。私はこの言葉を常に心に留めています。
医学部1回生の時、私は南予の無医地区で研修に参加しました。現地に1週間泊り込み、検診や労働体験、救急医療のアンケート等を行ったのです。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年4月8日掲載

第1回「天寿と長寿」

二十数年ほど前、私が僻地診療所に勤務し始めた頃のことです。それまでは私も病院勤務の経験しかなく、食べられなくなったら点滴をして、状態が悪ければ入院をさせるということしか頭にありませんでした。
当時、地域で最高齢の102歳のおばあさんのところに訪問診療にお伺いしていました。長年、脳梗塞で寝たきりでしたが、長男夫婦の手厚い介護を受けながら療養されていました。≪続きを新聞記事で読む≫

2020年4月1日掲載