たんぽぽコラム

おうちでの看取り

著者:永井康徳

  

第20回 看取り支援は百人百様 ~柔軟に対応を~

一つ目は認知症の末期で、もう口からは食べられないという男性患者さんのケースです。奥さんや二人の娘さんは、「本人は胃瘻はつくらないと言うと思うので、そうしたいと思います」と言われたのですが、「家族としては、経鼻チューブで人工栄養は入れて欲しい。それができないなら、点滴をお願いしたい」と希望されました。胃瘻も経鼻チューブも末梢点滴も、認知症末期の男性にとっては、延命処置でしかありません。ご家族の希望に矛盾があったのです。男性は身体機能が低下していて、点滴をすると吸引が必要になる状態でした。

そこで私は、終末期の身体に処理できない量の点滴をすることの害を説明しました。その後で、当院で制作している自宅で家族を看取るための指南書である看取りのパンフレット「家で看取ると云うこと」という冊子を手渡し、説明した上で、もう一度ご主人ならどうしたいと言うかを考えてみてください、とお話しました。

翌日訪問したところ、奥さんが「この冊子を一晩じっくりと家族で読みました。冊子の内容が自分が考えていた事と一緒でした。本人が苦しまない方が良いとわかり、決心がつきました。本人が一番楽なようにしてあげたいと思います」と涙ながらに話され、娘さんたちも「必要以上に医療を行うのはやめよう」と納得されたそうです。
男性はご自宅でご家族に見守られながら旅立ちました。奥さんからは「あの冊子があったことで不安がなくなり、自宅で看取ることができました」と言っていただきました。

二つ目のケースです。施設に入居されて胃瘻栄養をしている女性患者の娘さんから、「母は胃瘻を望んでいなかったから、胃瘻を抜いてほしい」との申し出を突然受けました。女性は重度の認知症でしたが、穏やかに施設で暮らしていました。注入による悪影響はなく、今、胃瘻をやめるとすぐに亡くなってしまいます。もちろん、一度胃瘻を入れても、途中で胃瘻を止める選択肢がないわけではありません。患者さん本人の思いをご家族がどう判断するのかは、とても難しいことです。しかし、ご本人が胃瘻をしてしんどい思いをしているのならともかく、楽で、良い状態で過ごしているのなら、あえて胃瘻を止める必要はないはずです。ご本人の意思というより、娘さんに何か他の意図があるのではと勘ぐったほどでした。娘さんと話し合いを重ね、胃瘻を抜くのではなく、注入量を少し減らして口から食べる量を増やし、注入が体の負担になってきたらその量を徐々に減らして自然に看ていくことになりました。結局、最後まで胃瘻を抜く事はありませんでした。

看取りの支援は100人100様です。マニュアルはなく、ご家族の不安定な気持ちにとことん寄り添う方法もあれば、前述の冊子のように1人の時間にじっくり読んで、納得できるようなツールが効果的なこともあります。
また、2つめのケースのように「本人の意思」をご家族が主張したとしても、それが最善とは限りません。正解はありませんが、見送った家族がその姿に納得できるかは大きな指標です。そのご家族に合った支援が見つかるまであの手この手を繰り広げるしかありません。だからこそ、求められるのは柔軟性です。 単独職種だけの対応では、心が折れそうな時もあります。そんな時こそ多職種で協力して手を変え、品を変え支援をしていくしかないのです。

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